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*美鈴と知紘の出会い、それは約8年前に遡る*
*
美鈴の学生生活最後の年のこと。
大学から最寄り駅までの道を変えたところ、毎朝ではないものの ほとんど朝、知紘とすれ違うようになり社会人で男振りの良い 知紘は大人の素敵な男性に見えた。 それはちょうど美鈴が同級生の宗方守《むなかたまもる》と入学直後から 3年間も付き合いながら振られた直後のことだった。実際に振ったのは美鈴のほうだったのだが二股に気付いて振ったの
だから、実質美鈴が振られたようなものだ。美鈴が相手を追い込まなければ、相手の男はふたりの女子の間を泳
いで上手くやろうとしていたので交際はグダグダながら続いていた のかもしれない。けれど、性格的に1人の人間を友達ならばいざ知らず、恋人を2人
で分かち合うなんていう気持ちの悪いことはできなかった。未だ、相手の男子学生からたまにメールなどが届く。美鈴はメール
は勿論のこと、校内で彼に会ってもスルーしている。このような状況もあり、知紘とすれ違う朝の時間は目の保養タイム
となっていった。 ********あれからたまたま学食などで出会わしたりすると、話し掛けて来る元彼の守。
これまでは、怒りMAXでひと言聞くだけでそのあとは振り払っていた美鈴。しばらく、会うことなく過ごしていたのだが、ある日のことバッタリ学食で
遭ってしまう。 この日は元彼の二股を知り、別れの言葉を叩きつけた日から20日余りが 経過していたせいか、美鈴のほうにも話を聞くくらいの余裕があった。 醒めた目をして、守の話を聞いていた。「また、連絡するな。じゃあ」
ほとんど、相槌も打たずに彼と向き合ってただそこに棒のように突っ立って
いただけの美鈴に守は愛想よく社交辞令でか? いつメールを出しても返事 をしない美鈴にそう言って離れて行った。振り返なければ良かった……。
なんと、守が歩いて行った先は、グループになっている男子学生数名と女子
学生数名のいるところだった。 その中の1人の女子が、守が自分と二股して付き合っている女だったのだ。どこまでも舐めたことをして平気な守に美鈴は反吐が出そうになる。
いつまで、くだらない浮ついた男に心乱されなければならないのか。 あんな男の話をにこにこしながら聞いたわけではないといいつつも 耳を傾けてしまった自分にもほとほと嫌気が差すのであった。ドッヨ―ンとモグラがいそうな地中深くまで落ち込む美鈴であった。
*
そんなふうにどよーんと凹み続けた生活もまもなく夏休みに入ろうと
していた。去年の夏休みは課題に追われてアルバイトはしなかった。
時間がたっぷりとれる最後の夏休み、恋人がいれば旅行に行ってみたいと いう気持ちも沸いてきただろう。 しかし、今の自分はそういった気分の対極にいるわけで、逆に労働をして 自分の身体も心も忙しくさせて、凹んでばかりいるメンタルをどうにか 回復させたいという思いもあり、美鈴はバイトを探そう思うのだった。夏休みも定期が使えるため、大学の沿線上でバイト先を探すことにした。
沿線上と考えていたのだが、結局大学の最寄り駅近くにあるチヨタ自動車での 書類の整理とデーター入力がメインの仕事内容になっていた。 アルバイトに行くようになって2日目……。お客が来ると綺麗な女性スタッフが案内やらお茶出しやらとスマートに
仕事をする姿に惚れ惚れしてしまう。そう、美鈴はお客が来店するたび彼女たちの仕事ぶりを目に焼き付け
たくてジトっと仕事の手を休めてついつい見入ってしまうのだった。仕事を割り振ってくれるおじさま社員から時々笑われる。
「なになに、槙野さんもああいった仕事に興味があるの?」
「こちらで見学するようになって興味が沸いてきました。でもたぶん 仕事にはしないと思います」「興味があるのに?」
「私は芸大を来年卒業します。もう就職先もイラストを活かせるところに 内定も決まってますし」「そうなんだ」
「私は絵を描くことが小さい頃から好きで、将来はフリーのイラストレーターになりたいんです」
「へぇ~、そうなんだ。なれるといいね。若いっていいね、希望に満ちていて」
そんなふうにおじさま社員と談笑している時に、ドアがノックされた。
入って来たのは、美鈴の見知った顔だった。「おやっさん、野島さんの例の車の整備終わりましたから連絡お願いします。伝票もあげておきますから、あとはよろしくっ」
「おう、分かったよっ。あぁ、こちら夏休みの間来てもらうことになった
槙野さん。かわいい子だろ?」『え~、可愛いだなんてそんなぁ~。照れるわぁ~』
私が無駄に身悶えしているといつも朝に顔をちら見するようになって
見知っている知紘が話掛けてきた。「やぁ、最近朝会ってた彼女だよね。宜しくね」
「ええーっね、おたくら顔見知りだったの? 奇遇だねー」
『ほんと、奇遇だよぉ』
少し気にしてたイケメンさんがバイト先の社員だったなんて。 凹むことが多くなってた私に春がきた! 夏なんだけど。 それからのバイト期間中は自分的に楽園で日々過ごすような感覚で あんなに頭の中から出て行かなかった元彼のこともどこかへ飛んでゆき おじさま社員や知紘ややさしいお姉さまスタッフから可愛がられ バイトが終わった日は帰り道、寂しくて泣いたほどだった。バイト期間中、知紘からのアプローチは一切なく、帰り道に泣いた理由の
大半がそれだったのかもしれなかった。 おじさま社員の方、綺麗なお姉さまスタッフの方、よくしてもらったのに ごめんなさい。 そう思いながら皆とお別れして帰ったあと、知紘からLINEが届いた。『夏休みまだ少し残ってるでしょ? よかったらおじさんと映画でも行かない?』
「ヤッター。宗方守、あたしはあんたなんか足元にも及ばないムッチャ素敵な男性《ひと》に出会ったぜ」
って、私は元彼の守に向けての台詞を吐いていた。あちゃぁ~その時も、まだ根に持ってたのね、私ったらぁ。
しかし、チーちゃんったらいくら私が学生だからって4つしか違わないのに 自分のこと『おじさん』って言ってたのね。振り返ってみて、そんなことも今思い出せて、なんだか懐かしいなぁ~。結局、自称『おじさん』も宗方守と同類だったんだけど。
私って男運悪すぎない? はぁ~。93 「振られたな……」奈羅のことが好きだったと告白したのに、そこは完全スルーされ稀良は 落ち込んだ。 しばらく気持ちを落ち着けるために部屋に留まったが、そのあと奈羅に 続いて稀良も部屋を後にした。 ◇ ◇ ◇ ◇稀良には翌日からまた、研究漬けの日々が待っていた。 一日を終え、働き疲れ軽い疲労を抱えた稀良が白衣を脱ぎ捨ててドームの 長い廊下を歩いていると、顔馴染の摩弥《♀》に声を掛けられた。「調子はどう? なんかオーラが暗いよね」「分かってるなら訊くな」「落ち込まない、落ち込まない。今度あたしがデートしたげるからさ」「あー、ありがとさん」 「何奢ってもらうか考えとく」「おう」 軽い遣り取りをしているうちに2人はドームの外に出ていた。前方には彼ら2人の位置から5・6m先に奈羅が立っていて、明らかに 稀良を待っていたふうで、稀良に視線を向けているのが見てとれた。 「あらあら、もしかしてあの人が落ち込んでる原因? じゃぁまっ、あたしはお邪魔虫にならないよう消えるわ。またねー」「あぁ、また」 稀良に手を振り離れて行く女と稀良を、奈羅は目をそらさずじっと 見つめていた。 そんな奈羅の元へ稀良が歩いて来て声を掛ける。 「俺のこと、待ってた?」「うん……」 「フ~ン。それじゃあさ、これからデートでもする?」「うん」らしくなく、乙女のように俯いて奈羅が答えた。ふたりは肩を並べ夕暮れの中、恋人たちや友達同士と、人々が賑わう街中へと 消えて行った。 ****綺羅々の懸念していたことは現実となり、奈羅に復讐するはずが何たること……。 綺羅々は稀良と奈羅の恋のキューピットになってしまったのだった。 ―――― お ―― し ―― ま ―― い ――――
92 「おねがい、ほしいの……」この短いダイアローグ《DIALOGUE》が二人の合意となった。たわわでまだ瑞々しい魅力的な乳房にはただの一度も触れないまま、尻フェチの稀良は奈羅と結合に至る。ここで稀良は綺羅々のまま退場するのがいいだろうと考え、しばらくの間、彼女との快感の余韻に浸り、そのあと身体から離れようとした。だが、奈羅の動きの方が早かった。くるりと身体をを反転させたかとおもうと稀良を下にして、彼にキスの雨を降らせ始めたのだった。その内、稀良の胸や腹にもやさしい愛撫をしかけてきた。それでまたまた稀良のモノに元気が漲り《戻り》、今度は正常位でもう一戦、彼らは本能のまま快楽の中へと身を投じていった。大好きで長い間片想いをしてきた綺羅々と二度も想いを交わすことができた奈羅は幸せだった。「綺羅々、ずっと好きだった。だから、今あなたと一緒にいるのがまだ夢みたいよ」奈羅は自分の告白に無言のままでいる隣に横たわる男に視線をやる。男はベッドの上、上半身を起こした。その髪型とシルエットから奈羅はその人物が綺羅々でないことを悟り、愕然とする。「残念だけど、俺は綺羅々じゃない」「どうして?」「言っとくけど君がしてほしいって、ほしがったんだからね。そこははっきりさせとく。俺は前から奈羅のことが好きだったからうれしかったよ。俺たち体の相性もいいみたいだし、付き合わない?」頭の中真っ白で混乱しかない奈羅は、素早く下着を付け服を着る。稀良も話しかけながら帰り支度をした。互いが衣類を身に着けたあとで、奈羅はもう一度稀良に詰問した。確かに自分は綺羅々と一緒にこの部屋へ入ったはずなのに。いくら問い詰めても綺羅々の方にどうしても帰らないといけない用事があったため、綺羅々が|自分《奈羅》のことを稀良に託して先に帰ったのだと言う。自分は酔っぱらってはいたけれど、しばらくシャワーに入るという話もしていて、絶対当初この部屋にいたのは綺羅々だったはず。だけど、酔っていただけに100%の自信が持てない自分がいた。よもや、自分がした同じような手口で復讐されるなどと思いつきもしなかった奈羅は、綺羅々を責めるという発想は出てこなかった。このまま稀良といても埒があかないと考えた奈羅は、部屋に稀良を残したまま部屋を後にした。
91 あまりの気持ち良さに奈羅は現世からどこか別の所へとしばらくの間、 意識を飛ばしてしまっていた。 意識が戻ったのは身体に別の快感を覚えたからだった。この時はまだうつ伏せ寝のままだったのだが、首筋から両肩、背中、腰と その辺りを行きつ戻りつ絶妙な力加減でマッサージを施していたはずの手の 動きに変化が あり、眠たくなるような心地良さから肉体的快感、性的感覚 を伴うものへと変わっていったのである。 奈羅は今の状況に歓喜した。ずっと綺羅々と性的関係になりステディな関係になりたいと思っていたからだ。 気付くと先程まで腰から下を纏っていたバスタオルが取り払われていた。綺羅々とバトンタッチした稀良が、しばらくの間は綺羅々と同じように マッサージしていたのだが、どうしてもバスタオルの下にある奈羅の下半身 を見てみたいという欲求に逆らえず、早々にバスタオルを取っ払って しまったのだ。 目の前に現れた形の良いぷるるんとした双丘に目を奪われ、 稀良は一瞬固まってしまった。 尻に釘付けになっている眼球に身体中の熱い血液が集中し 漲ってくるのが分かった。 もう今や、稀良の暴走しようとする勢いは理性では止められないほどに 高まっていて、手は豊満な美しい双丘を這っていた。 しばらく撫でまわしたあと、できるなら最初から触れてみたかった双丘の なだらかな斜面を下りきった所にある秘密の場所へと指を滑り込ませてい った。そして指の腹で秘所の周辺を撫で愛でていった。その時、奈羅の喘ぐような切ない吐息が漏れるのを稀良は 聞き逃さなかった。急いで稀良は身に纏っていた衣類を脱ぎ捨てマッパとなり、彼女の 上《背中》へと胸、腹とそれぞれをぴったりとくっつけた。そして首筋から肩、背中へと愛し気に愛撫を施していった。そして身体のあちこちに触れながら、一番施したかった場所へと口元を 近付けた。そこは双丘にある割れ目の根本であり、ぎゅっと両手で広げたかと思うと、 そこから舌先で秘所を弄んだ。すると、それに比例して奈羅の喘ぎ声が途切れることなく続いた。一応、稀良はジェントルマンなのでレイプ魔のようなことはしない。そんな稀良は奈羅の耳元で囁く。「していい?」すると奈羅が答えた。
90 (最終話-番外編へと続く)「シャワー終わったよ。どう、君もシャワー行けそう? それともこのまま朝までゆっくり寝とく?」 「私も行くわ。折角綺羅々との時間ができたんだもの。 朝までただ寝てるなんて有り得ない。待って、私もシャワー浴びてくる」 「急がなくていいよ。ゆっくりしておいで」 ◇ ◇ ◇ ◇「お待たせ……」「こっちに来て」俺はまだ足元のふらついている奈羅を抱き寄せる。 彼女の力が6割方抜けた感じだ。「まだ体がシャンとしてないだろ? うつ伏せにそのまま横になって。 マッサージして身体をほぐしてあげるから」「ありがと。綺羅々ってやさしいんだね」 自分がコナを掛けても冷たい反応しか返してこなかった綺羅々が部屋を とってくれて、その上抱かれる前にマッサージまでしてくれるだなんて 奈羅は幸せ過ぎて夢心地だった。 今夜のひと時が終わってもまだまだこの先も綺羅々との幸せな時間があり、 2人の未来があるのだ。 この時、奈羅は女の幸せを存分に味わっていた。 それを知ってか知らでか、綺羅々の手によって部屋の明かりが最小限に 落とされ、濃密な部屋の中、淫猥な空気が流れ始めるのだった。綺羅々は奈羅の巻かれただけのバスタオルを背中越しに腰の辺りまで ずり落とし、丁寧なマッサージを施し始めた。そして15分経った頃、後ろに控えていた稀良と絶妙なタイミングで 入れ替わった。相手は酔っている上にマッサージの施術で全く気付いていないようである。綺羅々は稀良に親指を立て、ゆっくりと静かにその場から立ち去った。 『くだらない方法だけど、仇はとったよ薔薇』 綺羅々は今いるラボ《研究所》は辞めて別の場所を探すつもりでいた。 心機一転、研究もプライベートも一から立て直そう。そう心に誓い、いろいろあったハプニングに別れを告げ、 夜明け前の人通りの少ない静謐な空気の中へと溶け込んでいった。
89 「わぁ~、あたし、どうしよう。酔っぱらってきちゃったー。 もう飲めないよ。私の代わりに綺羅々飲んで」 「はいはい、何言っちゃってるんだぁ~。天下の奈羅様が。 もっと飲めるだろ? はーい、どんどんいっちゃって」 「きついって」 そう言いながら俺がコップに酒を注ぐと奈羅は上目使いに俺のことを 見つめて、グイっと酒をあおった。 『いいぞー、その調子だ。ドンドンいけー。何も考えずガンガン飲めー』 見ていてもかなり酔っているのが分かる頃、俺は悲し気に言った。 「俺、薔薇のことが好きだったんだよね」「ん? 薔薇は……だけど薔薇はいなくなっちゃったんでしょ。 もう忘れなよ。あたしが慰めたげるからさ」 「そうだよね。ありがとーね、奈羅」「ふふん、どういたしまして」 『もうフラフラだな、コイツ』 「かなり酔ってるみたいだし、どこかで今夜は泊まって明日帰るとしますか」「はーい、さんせーい」 会計を済ませ予めとっておいたアンモデーション《宿泊施設》の 505号室に入室した。 入室すると同時に彼女はトイレに駆け込んだ。トイレの隣にある浴室を開けて確認すると稀良がちゃんと予定通り 待機していた。俺たちは改めてアイコンタクトを交わす。 「ごめんなさい、飲み過ぎたみたい。 でも、少しだけ横になったら大丈夫だと思うのよ」 「OK.じゃあその間、俺シャワーしとくよ。お先に」 俺は奈羅がベッドに横になるのを確認し、シャワールームに向かった。 実際にシャワーを浴びるのは稀良の方だ。 その間、俺はシャワールームの前で待つ。シャワーの音が止まるのを合図に上着をドア横のハンガーに掛け、 奈羅の横たわるベッドの側まで行く。
88 ―――――――― 攻略《罠》―――――――――俺はラボ内で奈羅を見つけ、飲みに行かないかと誘った。俺が真実を知っていて彼女を恨んでいるなんて知らない奈羅は、ノコノコとパブに1人でやって来た。「綺羅々が誘ってくれるなんて、あたしびっくりしちゃった。うれしー」「久しぶりだよね。あれから半年振りくらいかな。あんなことがあったのに俺、冷た過ぎたかも。何となく気になって連絡してみた。元気だった? もういいヤツ《彼》できた?」「う~ん、男友達は何人かできたけど、彼氏はまだかな」「じゃあ俺と酒飲んでも大丈夫かな」「勿論、誘ってくれてうれしかったわ」薔薇に酷い仕打ちをして悲しませた女が目の前にいる。俺は実りそうだった恋をこの女の罠でぶち壊された。今に見てろ! 俺の誘いをすっかり俺からの好意だと思い込んでいるこの勘違い女を驚かせてやろう。こんな女のこと……少しは驚くかもしれないが、さてどうだろうな。しばらくすれば落ち着きを取り戻し案外楽しむ感覚になるだけかもしれない。だが、俺に嵌められたかもしれないことはいつまでもこの女の心に残るだろ? それだけでもいいさ、何もしないよりは。つまらないことをしようとしている自覚は大いにある。俺は話題が途切れないようポツポツとだが奈羅に話し掛け、時間をかけた。何のって? 勿論、酒をどんどん勧めて酔い潰すためさ。